バングラデシュは非常に豊富な労働者人口と比較的安価な賃金、長期的な労働人口の増加や日本語学習者も増えている事から日本企業にとっても中長期的に魅力的な将来性のある市場と言えるでしょう。
また、直近に発表された世界銀行の「South Asia Development Update – Jobs for Resilience」でも、南アジアは2024年に6.0%、2025年に6.1%の成長が予想され、今後2年間世界で最も成長が早い地域であり続けると述べられ、インドとバングラデシュの堅調な成長、及びパキスタンとスリランカの回復が南アジアの成長を主導すると予測されています。
日本とバングラデシュは2023年4月より「包括的パートナーシップ」から「戦略的パートナーシップ」への格上げが表明されました。
Contents
バングラデシュ市場の概要
経済成長率と主要産業
2024年4月2日にリリースされた世界銀行の「Despite Strong Growth, South Asia Remains Vulnerable to Shocks」レポートによると、バングラデシュを含む南アジア全体の2024年の経済成長率を6.0%、2025年を6.1%と予測するとあり、下記のグラフを見ても分かるようにインドとバングラデシュが高い南アジアの経済成長率をけん引している形と言えます。
同レポートには、一方で“より強靭な経済成長に向けて、民間投資や雇用拡大を生み出す政策運営が必要”と述べられており、また、“現在、南アジア地域は、人口ボーナスを十分に活用できていない。同地域が他の新興国市場と比較しより多くの労働人口を雇用する事が出来れば、同地域の経済成長率は16ポイント上昇する”と世界銀行の南アジア地域担当副総裁のコメントもあります。
さらに、バングラデシュは2015年に世界銀行の分類で低中所得国となり、2018年には国連のLDC(*後発開発途上国)卒業基準3項目の全てを達成し、2026年にLDCを卒業となる予定で、2040年代後半までこれから約20年間の人口ボーナス期が続く見込みとなります。
また、バングラデシュの主要産業は、衣料品・縫製品産業・農業となっています。
このようなデータから、課題は残しつつもバングラデシュは高い経済成長率と豊富な労働人口、南アジア主要国の中でも最も安定的な動きを見せており、将来性の高い中長期的に成長が見込まれる市場であると言えます。
政治の安定性
2024年7月上旬からバングラデシュ現地では、学生団体主導の反政府デモが発生しました。こちらは、1971年の独立戦争で戦闘に参加した退役軍人の家族を公務員採用で優遇する(特別優遇策のクォーター制)案に対して、2018年の公務員採用におけるクォーター制度の廃止決定を最高裁判所高等裁判部が違憲とした事を発端に発生。制度改革を求める学生団体がバングラデシュ全土に於いて抗議活動を開始しました。(これはバングラデシュの失業率の高さや、公務員職の3分の1を割り当てる同制度への若い労働者層の学生らが大きな不満を持った事が大きいとされる。)
その後、一時的に、バングラデシュ政府が鎮圧を図る為に携帯電話等のデータ通信を制限したり、外出禁止令を発令したりして制圧に動いていましたが、デモは一時的に沈静化に向かったものの、8月に入り学生団体に加えて野党支持者も加わり、一部が暴徒化して警察との衝突が発生し300人以上の犠牲者が出たと報道がされています。
学生団体の要求はハシナ首相の辞任を求め、8月5日ついにハシナ首相が辞任を表明しインドへ逃れる事態になりました。
ハシナ氏は建国の父と呼ばれるムジブル・ラーマン氏の娘であり、15年にわたる長期政権を率いてきました。ハシナ政権下で経済発展を遂げてきた一方で、政治手法をめぐり強権的であるとの批判も出ていました。
ハシナ氏の辞任後は、暫定政権としてノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏がバングラデシュ暫定政権の最高顧問に就任し、閣僚メンバーに学生団体からリーダー2名の他、大学教授や人権活動家、イスラム学者、少数民族関係者らが入る事が発表されました。
筆者はデモ発生の前月にバングラデシュ現地に赴いていた為、この事態の急激な展開と収束のスピードに驚きつつも、通信状況が安定したタイミングでバングラデシュ現地の企業やパートナーと連絡を取り、現地情報の収集に動いておりましたが、沈静化後の暫定政権発足後には若者らは“この国をより良くしていこう”という空気になっているとの事でした。
今後は、バングラデシュ暫定政権の最高顧問のユヌス氏の政治手腕が問われる形となるでしょう。
人口動態と労働力の質
バングラデシュは2024年現在で人口1.74億人、平均年齢25.7歳、世界8位の人口規模を誇り、2040年代には人口は2億人を超え、2024年代後半まで人口ボーナス期が継続する見込みとなります。
そのうち首都のダッカには2,000万人以上の人口が集中しており、これは東京都の人口規模1,400万人より多い首都人口規模となります。
また、JETROのビジネス短信「政府が労働力調査の結果を発表(バングラデシュ)」によると、15歳以上の労働人口は7,341万人(バングラデシュ政府発表数値)となっており、そのうち就業人口は7,078万人、失業人口は263万人で、失業率は3.6%となっています。
さらに、産業セクターごとの就業割合をみると、農業に従事する人口割合が前回調査時の40.6%から45.3%まで上昇している一方で、製造業に従事する人口割合が、前回調査時の20.4%から17.2%に低下。これに対して、世界銀行ダッカ事務所の元主席エコノミストであるザヒード・フセイン氏は、“製造業はこの5年間で最も急速に発展している産業である為、この現象はやや不可解だ”と述べています。この要因はパンデミックでのロックダウンで製造業やサービス業に従事をしていた労働者が失職し、農業に従事するになった事が理由と想定されています。
一方で、ポジティブな傾向としては、女性の労働参加率が42.67%に達し、前回調査時の36.3%から6ポイント以上の大幅な上昇を見せており、女性の社会進出が進んでいることが挙げられます。
以下のグラフで参照できる様に、バングラデシュは人口の25%が14歳以下という少子高齢化が進む日本とは正反対の人口ピラミッド構造となっています。
また、豊富な労働者人口を持ちながらも管理職人材不足が深刻で、多くの企業が管理職人材の雇用には苦労をしています。このため、バングラデシュは豊富な若年層労働者をマネジメントする管理職人材の育成が各企業で必要となるでしょう。
バングラデシュ市場の現状
主要産業の現状
以下、「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」が提供する経済レポートが参考になります。
バングラデシュの経済の近年の顕著な成長を支える要因の一つが縫製品輸出である。バングラデシュの輸出は、縫製品への依存度がきわめて大きく、輸出のうち、織物製品の占める割合が42%、ニット製品が占める比率が40%となっており、輸出全体の実に8割を縫製品が占めている。バングラデシュは、衣料品の世界輸出シェアで中国に次ぐ2位であり、東南アジアの有力な縫製品輸出国であるミャンマーやカンボジアと比較すると、工場数が格段に多い。現在、輸出向け縫製工場の数は、ミャンマーが約600棟、カンボジアが約800棟と見られているのに対し、バングラデシュは約5,000棟にも達すると見られている。
バングラデシュの伝統的輸出産品は、ジュート、米、魚介類などであったが、米は、人口増加や自然災害による不作などのため不足気味となり、かつて、農産品のなかで最重要輸出品だったジュート(麻の一種で袋などに利用される)は、その後、化学製品に押されて重要性が低下した。現在、バングラデシュの最大の輸出産品は縫製品であり、バングラデシュの縫製品輸出産業が台頭した背景には、人件費の安さと豊富な労働力が、労働集約型産業である縫製業に適していたことがあげられる。
また、世界の工場となった中国での人件費上昇によって、中国以外の国々に生産拠点を求める「チャイナ・プラス・ワン」の動きが強まったことが、バングラデシュにおける縫製産業拡大に大きな追い風になった。さらに、近年、先進国で消費者の衣料品購入が低価格品へとシフトする傾向にあるため、低級品・低価格品を生産しているバングラデシュが恩恵を受けたという側面も指摘されている。
バングラデシュの最大の輸出先は EU であり、全体の半分弱が EU 向けである。次いで多いのが NAFTA向けであり、国別でみれば、米国が最大の輸出相手国である。バングラデシュは、EU から後発開発途上国を対象とする特恵関税制度(武器を除く全製品について関税免除)の適用を受けており、これが EU 向け輸出の多い原因である。南アジア地域連合(SAARC)の加盟国(インド、パキスタン、スリランカ、ネパール等の 7 カ国)への輸出は非常に少ない。
投資環境と外国企業への優遇措置
以下、出所「JETRO:外資に関する奨励」からバングラデシュ進出に関わる優遇措置の一部項目を抜粋し記載致します。
- 奨励業種
-
輸出志向産業、ハイテク産業、国産天然資源を活用する産業、公算原料に依存する産業など。
- 各種優遇措置
-
法人税免税、輸出加工区(EPZ)及び経済特区(EZ)進出企業への主な優遇措置、その他主な優遇措置(輸出指向産業、輸出関連産業、IT・ソフトウェア会社向け含む)など。
- 経済特区(Bangladesh Economic Zones Authority : BEZA)及びハイテクパークの減免措置
-
経済特区およびハイテクパークデベロッパー会社
次の減税が受けられる- 設立当初の10年間:法人税100%減税
- 11年目:法人税70%減税
- 12年目:法人税30%減税
- その他主な優遇措置
-
- 海外投資家は、二重課税防止条約に基づき、二重課税はされない。
- 海外投資家は、ロイヤルティー、技術ノウハウ、技術支援料の海外送金が可能。
- 投資資本、配当の本国送金が可能。
- 撤退時の試算の本国送金が可能。
- 海外資本による100%全額出資が可能。
- 外国(銀行)からの融資の金利に関わる課税免税。
- 投資家に対するマルチプル(複数回入国可能な)ビザの付与。
- 100万ドルの投資もしくは認可金融機関への200万ドルの預金(本国送金不可)を条件とする、市民権付与。
- 20万ドルの投資(本国送金不可)を条件とする、永住権の付与。
*ITソフトウェア企業への優遇措置に関する記事はこちら
*バングラデシュ拠点設立に関する記事はこちら
インフラ整備の進捗と課題
企業の進出や現地ビジネス環境でのインフラに関わる部分での多くは、通関や交通、通信、電力等のインフラになりますが、バングラデシュの首都ダッカではJICA主導の鉄道や高速道路等の主要交通インフラ整備や雨季の洪水対策インフラ、電力インフラ等の多くのインフラプロジェクトでバングラデシュのインフラ整備は着実に進んでおります。
筆者が直近でダッカに出張した際も、JICA主導プロジェクトの高速道路や電車等の整備された近代的なインフラを目の当たりにしており、また雨季の冠水や停電も経験をしておりますが、主なビジネスエリアの外資系企業や外資系ホテルが入る建物は多くがバックアップジェネレータが完備され手織り、停電時のバックアップや冠水時も中心地はそれほど移動に苦労するほどではない状況で、市内の渋滞がひどい時でも高速道路上はさほど渋滞は見かけません。
ダッカ市内は日々インフラ環境は整備されておりますが、市街地や地方都市はまだこれからインフラ整備がされていく状況といえます。
また、バングラデシュではJICA主導の有償(円借款)・無償資金協力、草の根技術協力等の様々なインフラ整備に関わるプロジェクトが実施されております。
バングラデシュのインフラの課題として、熱帯地域特有のサイクロンや雨季の豪雨での川の氾濫や市街地の冠水、水質汚染や大気汚染が深刻な点が上げられます。バングラデシュは3つの国際河川の下流域に位置しており、国土の8割が洪水氾濫原となっています。
さらに、バングラデシュは(PM2.5)の濃度が世界最悪とされ、実際に筆者がダッカを訪れた際も、ダッカ市内は晴れていても見渡せるはずの景色が大気汚染の影響で見えない事がありました。
バングラデシュ市場の将来性
経済成長予測と今後の産業の発展
IMF(世界通貨基金)が2024年4月16日に発表した「世界経済見通し」でバングラデシュの2022/2023年度の実質GDP成長率を6.0%、インフレ率は9.0%と発表。2023/2024年度の実質GDP成長率を5.7%、インフレ率は9.3%と予想。バングラデシュではインフレ率の方どまりが続く。
世界銀行グループのシニアエコノミスト等を歴任したマスルール・リアズ氏は、“インフレ抑制を始めとする金融政策や、対内直接投資(FDI)促進などは、経済成長に関わる構造的な課題であり容易ではないが、政策上の大きなイニシアチブが期待される。その観点からも、大きな節目であるLDC(後発開発途上国)卒業や5年後に予定される時期総選挙、政権体制の行方はそれらの課題への対処に密接に関係性があるだろう”と話している。
デモ後の暫定政権発足後の政権で、これらの課題を解決していけるかが、今後の経済成長に大きく関わると予想できます。
また、バングラデシュは2008年から2021年のIT関連政策スローガン「デジタル・バングラデシュ」に続く、2041年までの「スマート・バングラデシュ・ビジョン2041」を後継ビジョンとして掲げており、国家スマートかの方針を示しているように、IT・ソフトウェアを始めとするデジタル分野に注力していく事が見て取れます。
そのビジョンが示すように、バングラデシュのIT企業数「BASIS:バングラデシュ・ソフトウェア・情報サービス協会登録企業」は直近5年前と比較して倍増しており、現時点で2,500社を超えてさらに拡大をしています。
その中でも、ビジネス・ソリューション、ITサービス、フィンテックが主力分野となります。
若年労働者の豊富なバングラデシュでは、将来性を見込んでIT分野に進む人口も増え、多くのIT人材が輩出されると言えますが、一方で、まだ大規模なソフトウェア開発企業は少なく、バングラデシュで最大のエンジニアを抱える企業でも800名規模となる。Basisの登録企業の中でも、100名以上のエンジニアを抱える企業は全体の5%程度に留まっています。
バングラデシュのIT関連輸出額の推移でも、日本は5%程に留まり、今後の日本との取引の拡大が期待されており、事実バングラデシュ現地のソフトウェア開発企業は非常に熱心に日本との取引を臨んでおり、当社がバングラデシュの各オフショア開発企業を訪問した際には、日本企業との取引を望む声やその熱量に驚かされました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。バングラデシュが将来性の高い成長市場であることをご理解いただけたかと思います。かつては中国が製造業やソフトウェア開発の主要な委託先でしたが、その後、日本企業はアジア各地に市場を移し替えてきました。しかし、これらの多くの市場が既にレッドオーシャン化している中で、バングラデシュは課題を残しつつも、非常に将来性のある市場として近年注目を集めています。現時点ではブルーオーシャン市場と言えますが、参入障壁が高くなる前に進出することで、大きなアドバンテージを得るチャンスが広がるでしょう。中長期的な視点で、バングラデシュへの進出をぜひご検討ください。