近年、日本企業の海外進出への関心が高まっています。少子高齢化による国内市場の縮小や、アジア諸国の経済成長を背景に、多くの企業が海外市場への展開を検討しています。しかし、海外進出は決して容易な取り組みではありません。
はじめに:海外市場調査の重要性
なぜ今、海外市場調査が必要なのか
日本の人口減少は加速しており、総務省の発表によると2024年の人口減少幅は53万2千人を記録しました(出典:総務省統計局)。この人口動態の変化は、多くの産業に影響を与えており、企業は新たな成長市場を求めて海外に目を向けています。
特に注目すべき点は以下の3つです:
- アジア新興国の中間層の拡大
- デジタル技術の発展による越境ビジネスの容易化
- 日本製品・サービスへの海外での高い評価
しかし、海外市場への進出には様々なリスクが伴います。文化の違い、法規制、商習慣、消費者の嗜好など、国内ビジネスでは想定していなかった要素を考慮する必要があります。
日本企業の海外進出における成功と課題
日本政策金融金融公庫 中小企業の海外撤退の実態によると、海外進出した日本企業のうち約35%が撤退を経験しているとされています。
この背景には、以下のような典型的な失敗要因が存在します:
現地市場の不十分な理解
- 消費者ニーズとのミスマッチ
- 競合状況の見誤り
- 価格戦略の失敗
文化的・制度的な障壁
- 商習慣の違いへの対応不足
- 規制環境の理解不足
- 人材マネジメントの課題
一方で、成功を収めている企業には共通点があります。それは、進出前の徹底的な市場調査です。例えば、ユニクロの東南アジア展開では、現地の気候や体型に合わせた商品開発を行い、価格帯も現地の所得水準に適合させることで、急速な店舗展開に成功しています。
このように、海外市場調査は、進出の成否を分ける重要な要素となっています。調査を通じて、進出候補国の市場特性や競合状況、消費者動向などを把握することで、リスクを最小限に抑えながら、効果的な市場参入戦略を立てることが可能になります。
海外市場調査の基本
市場調査の定義と目的
海外市場調査とは、国外で新たなビジネスを展開する際に、その市場の特性や事業機会、リスクを体系的に分析するプロセスです。単なるデータ収集ではなく、収益性の高いビジネスモデルを構築するための戦略的な情報収集活動といえます。
主な目的として、事業機会の発見、リスク管理、効率的な資源配分の3つが挙げられます。事業機会の発見では、市場の成長性や規模を評価し、自社のビジネスチャンスを見極めます。例えば、アジア市場では中間層の拡大に伴い、品質の良い日本製品への需要が高まっています。リスク管理においては、現地の法規制や競合状況、政治経済リスクなどを事前に把握し、対策を講じることができます。また、効率的な資源配分により、限られた経営資源を最も効果的な市場や事業領域に投下することが可能になります。
押さえるべき5つの調査ポイント
市場環境分析では、市場規模と成長率、業界構造と商習慣、規制環境と参入障壁、マクロ経済指標などを総合的に調査します。特に重要なのは、市場の将来性を見極めることです。
競合分析においては、主要プレイヤーの特定から始まり、各社の市場シェアや強み、価格戦略、ポジショニングまで詳細に分析します。この過程で、自社の参入余地や差別化ポイントを明確にしていきます。
消費者分析では、支払い能力(Affordability)、商品へのアクセス性(Accessibility)、商品認知(Awareness)の3Aを中心に、現地消費者の購買行動や嗜好を深く理解することが求められます。
流通構造の理解も重要です。現地の商習慣や取引慣行を把握し、最適な販売チャネルを選択する必要があります。特に、オンラインとオフライン、それぞれの特性や浸透度の違いに注目します。
法規制・制度面では、会社設立に関する規制、外資規制、税制、労働法制など、事業運営に直接影響を与える要素を詳しく調査します。これらの理解なくして、スムーズな事業展開は望めません。
調査にかかる期間と予算の目安
市場調査は通常、3つの段階で進められます。第1段階の基礎調査では、デスクリサーチによる基本情報の収集を1-2ヶ月かけて実施します。この段階での予算目安は50-100万円程度です。
続く第2段階の詳細調査では、現地調査会社との協働による本格的な調査を2-3ヶ月かけて行います。消費者アンケートやインタビュー、競合店舗調査などを実施し、予算は200-300万円程度が目安となります。
最後の第3段階では、収集したデータの検証・分析と戦略立案を1-2ヶ月かけて行います。社内での検討と意思決定のプロセスを含め、100-150万円程度の予算を見込む必要があります。
ただし、これらの期間や予算は、調査対象国や業界、求められる精度によって大きく変動する可能性があります。特に新興国市場では、信頼できるデータの入手が困難な場合も多く、現地での直接的な調査により多くの時間と予算が必要となることがあります。
市場調査の具体的な方法
デスクリサーチの進め方
デスクリサーチは海外市場調査の第一歩として、最も基本的かつ重要な調査手法です。効率的に情報を収集し、その後の調査方針を決定するための土台となります。
信頼性の高い情報源として、以下のような機関が提供するデータベースやレポートの活用が推奨されます。JETROのデータベースでは、世界各国の経済・貿易情報や制度情報が豊富に提供されています。世界銀行やIMFのデータベースからは、マクロ経済指標や市場動向の把握が可能です。
ただし、デスクリサーチには限界があることを認識しておく必要があります。特に新興国市場では、データの更新頻度が低かったり、信頼性に疑問が残るケースも少なくありません。そのため、デスクリサーチで得られた情報は、後述する他の調査手法で検証することが重要です。
オンラインアンケート調査の実施方法
オンラインアンケート調査は、比較的低コストで大量のデータを収集できる手法として注目されています。現地の調査会社と提携し、その会社が保有するパネル(回答者データベース)を活用するのが一般的です。
アンケート設計において最も重要なのは、現地の文化や習慣を考慮した質問設計です。例えば、年収や年齢など、センシティブな質問の仕方は国によって大きく異なります。また、選択肢の設定も現地の実情に合わせる必要があります。購入頻度や金額の区分けなども、日本の基準をそのまま適用せず、現地の生活水準に応じて設定することが重要です。
現地インタビュー調査のコツ
インタビュー調査は、消費者の深層心理や潜在的なニーズを探る上で非常に有効な手法です。成功の鍵となるのは、適切なインタビュアーの選定と、緻密なインタビューガイドの作成です。
文化的な配慮も重要な要素となります。例えば、東南アジアの一部の国々では、直接的な意見や否定的な回答を避ける傾向があります。そのため、間接的な質問方法や、プロジェクティブな技法(例:他者の行動について尋ねる)を活用することで、より本音に近い回答を引き出すことができます。
フィールドリサーチの実践ポイント
フィールドリサーチでは、実際に現地に赴き、市場の実態を自分の目で確認します。店舗視察や競合調査、消費者の購買行動観察などが含まれます。
効果的なフィールドリサーチのためには、事前準備が決め手となります。視察する店舗や地域の選定、チェックリストの作成、必要に応じて現地ガイドの手配などを綿密に行います。また、写真撮影や動画記録の際には、現地の規制や慣習に注意を払う必要があります。
特に重要なのは、観察眼を養うことです。例えば、店舗調査では以下のような点に着目します:
- 商品の陳列方法と在庫状況
- 価格帯と価格表示の方法
- 来店客の属性と行動パターン
- 従業員の接客スタイル
さらに、調査結果の記録と分析も重要です。単なる事実の羅列ではなく、なぜそうなっているのか、どのような意味があるのかを考察することで、より深い洞察を得ることができます。
調査手法の組み合わせによる相乗効果
これらの調査手法は、それぞれに長所と短所があります。そのため、複数の手法を組み合わせることで、より信頼性の高い調査結果を得ることができます。例えば、デスクリサーチで得た仮説を、アンケート調査で定量的に検証し、さらにインタビューやフィールドリサーチで深掘りするというアプローチが効果的です。
国別・地域別の調査ポイント
アジア圏の特徴と注意点
アジア市場は地理的な近さと文化的な親和性から、日本企業にとって最も重要な海外市場の一つとなっています。しかし、一口に「アジア」と言っても、国や地域によって市場特性は大きく異なります。
中国市場では、デジタル決済の普及率が極めて高く、モバイル決済の利用率は都市部で98%に達しています。そのため、消費者調査を行う際には、デジタル環境を前提とした調査設計が不可欠です。
東南アジアでは、国によって経済発展段階が大きく異なります。シンガポールは先進国水準の所得があり、高級品市場が確立されている一方、ベトナムやインドネシアでは、急速に拡大する中間層をターゲットとした市場調査が重要となります。
また、文化的な特徴として、「面子」を重視する傾向が強い点に注意が必要です。インタビュー調査などでは、直接的な質問を避け、間接的なアプローチを取ることで、より正確な情報を得ることができます。
欧米圏での調査方法の違い
欧米市場では、消費者の権利意識が高く、個人情報保護に関する規制も厳格です。特にEU圏ではGDPRへの対応が必須となり、市場調査の実施においても細心の注意が必要です。
米国市場の特徴として、消費者の多様性が挙げられます。人種や民族、所得層による消費行動の違いが大きいため、セグメンテーションを細かく行い、それぞれのグループに適した調査手法を選択する必要があります。
欧州市場では、国ごとに言語や文化が異なるため、調査設計の現地化が重要です。例えば、フランスでは質問票を完全にフランス語化するだけでなく、文化的な文脈も考慮した表現の調整が必要となります。
新興国市場における調査のコツ
新興国市場では、公式統計やマーケットデータの入手が困難なケースが多く見られます。そのため、現地でのネットワーク構築が特に重要となります。
信頼できる調査パートナーの選定は、新興国での調査成功の鍵となります。現地の商工会議所や、JETROなどの公的機関との連携も有効な手段です。
インフラの整備状況も国や地域によって大きく異なります。例えば、インドの地方部では、オンライン調査の実施が困難な地域も存在するため、対面式の調査方法を組み合わせる必要があります。
地域横断的な調査における注意点
複数の地域で同時に調査を実施する場合、以下の点に特に注意を払う必要があります:
時差への配慮
- オンライン調査やウェブ会議を活用する場合、時差を考慮したスケジュール管理が重要です。
- データ収集のタイミングも、各地域の商習慣や休暇シーズンを考慮して設定する必要があります。
調査結果の標準化 各地域で収集したデータを比較可能な形に標準化することが重要です。例えば、収入区分や年齢区分、職業分類などは、地域によって一般的な区分方法が異なる場合があります。
現地の専門家との協力 それぞれの地域に精通した専門家との協力関係を構築することで、より深い洞察を得ることができます。特に、制度面や商習慣に関する解釈では、現地の専門家の知見が不可欠です。
調査データの分析と活用法
データの信頼性検証方法
海外市場調査で得られたデータの信頼性を確保することは、的確な意思決定を行う上で極めて重要です。データの信頼性検証は、収集段階、分析段階、解釈段階の3つのフェーズで実施します。
収集段階では、データの品質管理(Quality Control)を徹底します。オンライン調査の場合、回答時間が極端に短いものや、同じ選択肢を機械的に選んでいるものは、精度の低いデータとして除外する必要があります。また、矛盾した回答や不自然なパターンがないかもチェックします。
分析段階では、統計的な検証手法を用います。外れ値の検出や、回答の一貫性チェックなどを通じて、データの信頼性を確認します。特に重要なのは、サンプルの代表性です。調査対象となる母集団の特性を適切に反映しているか、慎重に確認する必要があります。
解釈段階では、複数の情報源からのクロスチェックが有効です。デスクリサーチで得た情報や、他の調査結果と照らし合わせることで、データの妥当性を検証します。
クロスカルチャー分析の重要性
クロスカルチャー分析では、文化的背景の違いがデータに与える影響を考慮します。例えば、アジアの一部の国では、対面調査で否定的な回答を避ける傾向があります。このような文化的バイアスを理解し、適切に解釈することが重要です。
数値データの解釈においても、文化的な文脈を考慮する必要があります。「満足度」や「購買意向」といった指標は、文化によって異なる基準で評価される可能性があります。日本では控えめな評価を好む傾向がありますが、米国では肯定的な評価を選びやすい傾向があります。
実践的な活用方法とレポート作成
調査結果を実践的に活用するために、レポートは以下の3つの要素を明確に示す必要があります:
- 事実の提示
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現地市場の状況や消費者の行動パターンなど、客観的な事実を明確に記述します。数値データはグラフや表を効果的に用いて視覚化し、理解を促進します。
- 洞察の抽出
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データから読み取れる意味や示唆を、ビジネスコンテキストに即して解釈します。例えば、消費者の行動パターンから、商品開発やマーケティング戦略への具体的な示唆を導き出します。
- アクションプランの提案
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分析結果に基づいて、具体的なアクションプランを提案します。短期的に実行可能な施策と、中長期的な戦略の両方を含めることが望ましいです。
また、レポート作成時には、以下の点に特に注意を払います:
- エグゼクティブサマリーの重要性
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経営層向けに、調査結果の要点と重要な示唆を簡潔にまとめます。詳細なデータや分析過程は、本編や付録で参照できるようにします。
- データの可視化
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複雑なデータや分析結果は、適切なグラフや図表を用いて視覚的に表現します。特に、時系列データや地域比較では、視覚化が効果的です。
- フォローアップの提案
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調査結果に基づく施策の実施後、その効果を測定するための指標や方法についても提案を含めます。継続的なモニタリングと改善のサイクルを確立することが重要です。
まとめ:効果的な海外市場調査の進め方
調査実施の手順まとめ
明確な調査目的の設定から始めます。「なぜこの市場を調査するのか」「どのような意思決定に活用するのか」という点を、社内で綿密に議論し、合意を形成します。この段階での曖昧さは、後の工程で大きな手戻りを引き起こす原因となります。
デスクリサーチによる基礎情報の収集を行います。この段階で重要なのは、複数の信頼できる情報源を活用し、データの精度を確保することです。特に、市場規模や成長率といった基礎的なデータは、後の調査設計の土台となります。
現地調査の実施計画を立案します。定量調査と定性調査のバランス、調査対象地域の選定、サンプル数の設定など、具体的な調査設計を行います。この段階で、予算と時間の制約を考慮しながら、最適な調査手法の組み合わせを決定します。
信頼できる情報源リスト
海外市場調査において、信頼性の高い情報源の活用は重要です。以下に、特に信頼性の高い情報源をご紹介します。
- 公的機関のデータベース
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JETROビジネスライブラリーでは、世界各国の経済・貿易情報、投資環境や規制情報など、包括的なデータを提供しています。世界銀行やIMFのデータベースも、マクロ経済指標の把握に有用です。
- 業界団体・研究機関
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各国の商工会議所や業界団体が発行するレポートは、業界特有の動向や規制情報を把握する上で重要な情報源となります。また、経済研究所や市場調査会社が発行する業界レポートも、市場動向の把握に役立ちます。
- 現地政府機関
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統計局や経済産業省などの政府機関が提供する統計データは、基礎的な市場情報の把握に不可欠です。ただし、データの更新頻度や精度には国によって差があることに注意が必要です。
最後に
SocialZeroでは過去13年間にわたり、10か国以上でのプロジェクト管理、海外現地法人の立ち上げ、多国籍チームの組織作りとマネジメント、外国籍スタッフの採用及びトレーニング、海外事業の再生、日系企業の海外進出を責任者として担当した経験のあるコンサルタントが在籍しています。海外市場調査についても各国に最適化した対応が可能です。海外進出を見据えた市場調査も可能ですので、ぜひご相談ください。