グローバル化が加速する現代、多くの日本企業が海外進出に挑んでいます。しかし、海外市場は国内市場とは全く異なる環境であり、綿密な計画と準備なしに進出すると、大きなリスクを負う可能性があります。 中には、市場の変化、競合の激化、予期せぬトラブルなどにより、残念ながら撤退を決断せざるを得ないケースも発生します。
この記事では、海外進出における現地法人の精算について、これまで15年以上にわたり海外事業の立ち上げから、事業拡大、現地法人清算等で中小企業の海外進出を支援してきた経験に基づき、詳細に解説します。
国により現地法人の精算プロセスは異なりますが、基本的な流れは大きくは変わりません。 撤退という難しい決断を下した時、スムーズかつ効率的に精算を進めるための知識と手順を解説することで、皆様の事業継続に貢献できれば幸いです。
Contents
撤退を決断する前に:徹底的な現状分析と将来予測
現地法人の精算は、決して安易に決断できるものではありません。それまでに費やしてきた多くの時間やコスト、精算にかかる更なる多大な時間とコスト、そして人的資源を要するプロセスです。 撤退を決断する前に、まずは徹底的な現状分析と将来予測を行いましょう。
現状分析
- 財務状況の精査
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海外拠点の現状の損益状況、負債、資産価値を正確に把握します。 過去の損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書などを精査し、財務状況を詳細に分析します。 特に、隠れた負債や不良債権がないかどうかもチェックする必要があります。中には、M&Aで買収した現地企業で二重帳簿があったり、隠れた負債が後で発覚するケースは稀に起こり得ます。
- 市場環境の分析
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現地の市場規模、成長性、競合状況、消費者ニーズ、人件費の上昇率などを改めて分析し、今後の見通しを検討します。 市場の縮小、競合の激化、新たな規制の導入や政治動向など、撤退を余儀なくされる要因を改めて確認しましょう。
- 経営資源の評価
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人材、設備、ブランド力など、保有する経営資源の価値を正確に評価します。 これらの資源を売却したり、他の事業に転用したりすることで、精算費用を削減できる可能性があります。
- 法的・税務上のリスク評価
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現地法規制、税制、労働法などを精査し、精算に伴う法的・税務上のリスクを評価します。 精算手続きに不備があると、多額の罰金や税金が課せられる可能性があります。特に外資系企業の場合は、現地法人の清算時に現地税務署から指摘を受けやすくなる傾向があります。また、現地法人の従業員への補償等も併せて検討する必要があります。
将来予測
- 市場動向の予測
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将来的な市場規模、成長性、競合状況などを予測し、事業継続の見通しを検討します。 市場が今後拡大する見込みがある場合、撤退は再考の余地があります。
- 収益性の予測
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将来的な収益性を予測し、事業継続の費用対効果を検証します。 予想される費用と収益を比較し、事業継続のメリット・デメリットを明確にしましょう。その際に、人件費の上昇率やオフィス賃料等のコストの大きな部分を占める項目の予想も立てる必要があります。
- リスクの評価
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将来発生する可能性のあるリスクを洗い出し、その影響度を評価します。 政治的リスク、災害リスク、経済的リスク、法的リスクなど、様々なリスクを考慮し、撤退の決断を下す必要があります。
精算計画の策定:ステップバイステップで進める
現状分析と将来予測に基づき、現地法人の清算計画を策定します。現地法人の清算は設立の何倍もの時間と労力、費用が必要になります。また、計画には以下の項目を含める必要があります。
- 精算スケジュール
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精算開始日、各手続きの完了予定日、精算完了予定日を明確に設定します。 各ステップに必要となる期間を見積もり、現実的なスケジュールを作成しましょう。
- 精算費用
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精算にかかる費用を詳細に算出します。 弁護士費用、会計費用、従業員への退職金、資産の売却費用など、あらゆる費用を考慮し、綿密な予算計画を立てましょう。
- 資産の処分方法
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現地法人の資産(不動産、設備、在庫など)の処分方法を決定します。 売却、リース、廃棄など、それぞれのメリット・デメリットを比較検討し、最適な方法を選択します。
- 債権・債務の処理
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現地法人の債権・債務を処理します。 債権回収、債務返済などをスムーズに行うための具体的な手順を策定しましょう。
- 従業員の対応
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現地従業員の解雇、転職支援などの対応策を決定します。 労働法を遵守し、従業員への影響を最小限に抑える必要があります。ここは丁寧に行う必要があり、説明責任と保証を疎かにすると訴訟につながるケースもあります。
- 税務申告
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現地での税務申告手続きを行います。 税務上の不備があると、多額の罰金や税金が課せられる可能性があるため、税務専門家のサポートを受けることが重要です。
- 当局への届け出
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現地当局への各種届け出を行います。 会社解散、事業停止など、必要な手続きを全て完了しましょう。
- 取引先・パートナーへの説明
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撤退による取引先やパートナーの事業への影響も考慮し、開示できる早い段階から丁寧な説明や通知をする事でトラブル回避や、信用を失わなず将来的な関係性の維持をする事が出来ます。
精算プロセス:専門家の協力を得ながら進める
現地法人の清算は、非常に複雑な手続きが多く、専門知識が必要になります。また、現地当局とのコミュニケーションはスムーズにいかない事を想定し、専門的な弁護士等の専門家に依頼する事が必要になります。このように、コンサルタント、弁護士、会計士、税理士などの専門家の協力を得ながら、精算を進めることが重要です。
- 弁護士
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法律問題に関するアドバイス、契約書の作成・レビュー、当局への届け出などを行います。
- 会計士
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財務状況の精査、精算費用の算出、税務申告などを行います。
- 税理士
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税務申告、税金対策などを行います。
- コンサルタント
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現地法規制、文化、慣習などに詳しいコンサルタントの協力を得ることで、精算プロセスをスムーズに進めることができます。
精算におけるよくあるトラブルとその対策
税務上のトラブル
税務申告に不備があると、多額の罰金や税金が課せられる可能性があります。税務専門家の協力を得て、正確な申告を行いましょう。注意として、現地法人の会計・税務に不備が無くとも、外資系企業の清算時に罰金あるいは追徴課税のペナルティを受けない事の方が稀となります。
当局対策
上記の税務で触れたように、外資系企業の精算時には基本的に税務署等から何かしらのペナルティはほぼ100%受けるという前提認識を持つ必要があります。これらの対策として、税務署の担当者との弁護士やコンサルタントを通じたコミュニケーションでこの金額の調整やペナルティの交渉を行う事が一般的です。この点は、日本の商習慣では無い事ですが、トラブルを起こすと余計に清算コストが増える為、専門家を立てて交渉を行う必要があります。
労働問題
従業員の解雇手続きに不備があると、訴訟に発展する可能性があります。労働法を遵守し、適切な手続きを行いましょう。外資系企業の訴訟ケースで多いのが解雇による訴訟となり、多くのケースでは会社側が賠償金を支払う結果となります。それを避けるためにも金銭的な退職・解雇パッケージ等を準備しておく必要があります。
債権回収問題
債権回収が滞ると、精算費用が増加する可能性があります。債権回収専門家の協力を得るなど、早期回収のための対策を講じましょう。
資産処分問題
資産の価値を正確に評価し、最適な処分方法を選択することが重要です。市場調査を行い、適切な価格で売却できるよう努めましょう。
精算後の手続き
精算が完了した後も、いくつかの手続きが残っています。
- 登記簿の抹消
- 現地当局に登記簿の抹消を届け出ます。
- 残務処理
- すべての債権・債務を処理し、残務を整理します。
- 書類の保管
- 精算に関するすべての書類を適切に保管します。
- 代表者等の名義の抹消
- 将来的なリスクヘッジの為に、現地法人代表者の氏名が残らないようにします。
撤退を決断した時の心構え
撤退は、失敗ではなく、経営判断の一つです。 市場環境の変化、経営資源の限界など、撤退せざるを得ない状況に陥ることは、ビジネスにおいてはよくあることで、戦略的な撤退と振り返りは次の成功を見据えた財産にもなります。 撤退を決断した際は、その決断を前向きに捉え、今後の事業展開に活かしましょう。
成功事例と失敗事例
成功事例: ある日本企業は、戦略的な撤退を決断する前に綿密な市場調査や準備を行い、精算計画を事前に立てました。コンサルタント、弁護士、会計士などの専門家の協力を得ながら、スムーズに精算を進めることができ、大きな損失を回避しました。
失敗事例: ある日本企業は、撤退を急ぎ、十分な精算計画を立てずに見積の安かった現地の会計事務所にて手続きを進めました。その結果、税務上のトラブルが発生し、当局からの多額の費用と追加請求での対応を強いられ、多くの時間を浪費することになりました。
注意事項として
現地法人清算による撤退手続きは、知見のない現地の企業(日系・ローカル)に依頼しても自分たちで対応できずに、外部に丸投げされて法外な費用を請求されてしまう事もあります。また、手続きには非常に長い時間がかかり、ペナルティ費用を事前に把握する事は難しい為、コンサルタントや会計事務所等への手続き費用と当局へのペナルティは別に見積もる必要があります。外資系企業の清算手続きは基本的には数年間の時間を要します。その間に常に現地で当局担当者とコミュニケーションが取れる専門家の担当者を置く必要もあります。
結論
現地法人の精算は、複雑で時間のかかる作業ですが、適切な準備と専門家の協力を得ることで、リスクを最小限に抑え、スムーズに進めることができます。 撤退を決断した際には、冷静に現状を分析し、綿密な計画を立て、専門家のサポートを受けながら、一つずつ着実に精算を進めていきましょう。 そして、この経験を活かし、今後の事業展開に活かしていくことが重要です。 今回の記事が、皆様の海外事業における意思決定の助けになれば幸いです。
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