グローバル化が加速する現代、多くの日本企業が海外進出を検討しています。しかし、海外市場は国内市場とは大きく異なり、成功への道筋は容易ではありません。文化、言語、法規制、市場環境など、考慮すべき要素は多岐に渡り、準備不足のまま進出すると大きなリスクを負う可能性があります。
この記事では、海外進出を成功に導くための具体的な進め方を、これまで15年にわたり複数の国々で海外進出を支援してきた経験と実例に基づき解説します。
日本企業の海外進出における典型的な課題とソリューション
多くの日本企業が海外進出で直面する課題は、市場調査不足、現地法規制への不備、文化・言語の壁、適切な人材確保の困難さ、そして、日本式経営スタイルの海外への適用不具合などです。これらの課題を事前に認識し、適切に対処しなければ、多大な時間とコストを浪費し、最悪の場合、事業撤退という結果を招く可能性があります。
海外進出を成功させるためには、綿密な計画と準備が不可欠です。勢いに任せて“海外市場に出せば何とかなる”という意気込みだけで成功した事例はほぼ無いといえます。以下のステップに沿って、段階的に進めていくことが重要です。
初期フェーズ
市場調査と分析
まず、進出先の市場を徹底的に調査・分析します。市場規模、成長性、競合状況、消費者ニーズ、法規制、外資の給与水準、昇給率、業界の離職率、経済状況、拠点を構えるエリアの特徴や家賃相場や利便性などを詳細に把握することが必要です。
データだけでは不十分
市場規模や成長率といった数値データ(デスクリサーチ)は重要ですが、それだけでは不十分です。例えば、平均給与水準はデスクリサーチで調べられますが、それは日本企業にとって本当に魅力的な人材を採用できる水準でしょうか? また、オフィス物件の条件が良いからといって、従業員にとって働きやすい環境とは限りません。
現地調査の重要性
デスクリサーチでは得られない「生の声」や「肌感覚」こそが、成功のカギとなります。特に急成長市場では、状況が刻一刻と変化するため、現地訪問による調査が不可欠です。現地を訪れ、実際に市場を見て、触れて、感じることが重要です。
担当者だけが現地の市場に精通していても、日本企業の場合は意思決定が階層的で本社の別の役職者が意思決定を行う事が多く、その際に意思決定者が現地の生の定性情報を全く持っていない場合は正確な意思決定が難しくなります。
具体的には、以下の情報を現地調査で得ましょう。
- 人材
-
デスクリサーチで得られるその国の給与水準や昇給率、離職率は、現地で外資企業となる日本企業の場合は必ずしもそうはなりません。
※給与水準や福利厚生プランを見誤ると採用戦略に大きく影響し、コスト面からも事業計画へ影響が出ます。
- 経済
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経済状況や市場のトレンドを肌で感じ取ることで、より現実的な事業計画を立てられます。
※自社の海外事業がマクロ経済の動向に大きな影響を受ける規模なのか、短期的にみるのか中長期的に見るのか見極める必要があります。
- 立地
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オフィス立地を決める際には、従業員の通勤利便性なども考慮しましょう。
※駐在員に便利であっても現地の従業員に不便であると、採用面で競争力が低くなります。オフィスを一等地にして、採用競争力を上げている成功事例もあります。
- 競合
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競合他社の製品やサービスを比較分析し、自社の優位性を明確にしましょう。
※基本的に現地企業の競合と価格勝負は難しい為、真似されない独自の優位性が必要となります。
- 消費者
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消費者のニーズや嗜好、購買行動を直接確認することで、適切な製品やサービスを提供できます。
※日本製品の品質が良いからといって、現地の競合製品より価格が高くても必ずしも売れるわけではありません。価格や品質、競合との差別化など、多くの要素が関係します。
これまでの初期フェーズでの日本企業のトラブル事例
タイ:メディア事業進出における初期人材確保の失敗
- 問題:
- タイへの進出前に、デスクリサーチだけで給与水準を決め、求人を出したところ、応募がほとんど来なかった。
- 対策:
- 給与を30%アップして募集したところ、応募数が5倍に増加した。
- 結果:
- 結果的に採用活動が当初計画の2か月後ろ倒しになった。
- 教訓:
- デスクリサーチの情報だけでは不十分です。現地の実情を踏まえた適切な給与設定が不可欠で、採用活動には十分な時間を確保する必要があります。この問題は、現地の外資系企業の給与水準を理解していなかったことが、大きな遅れの原因でした。
ベトナム:IT事業における人材コストの誤算
- 問題:
- デスクリサーチで得たベトナムのIT人材の給与水準(月額1,500ドル)に基づいて事業計画を作成したが、実際には、確保したいレベルの人材の採用には、月額2,000ドル以上の給与に加え、充実した福利厚生が必要であった。
- 結果:
- コスト増加により、事業計画の損益分岐点が大幅に上昇し、計画の修正を余儀なくされた。
- 教訓:
- デスクリサーチの情報はあくまで参考です。現地の最新情報に基づく求める人材レベルに合わせた現実的なコスト計算が不可欠です。
フィリピン:飲食事業における立地選定の失敗
- 問題:
- 不動産業者任せで現地調査を行わず、富裕層が多いエリアに飲食店物件を契約した。
- 結果:
- ターゲット層が富裕層だったため、価格帯が合わないエリアに立地したことで集客が難しくなり、1年以内に閉店・移転せざるを得なくなった。
- 教訓:
- 立地選定は、ターゲット層を明確にした上で、現地調査を行い、顧客層の分布や競合状況を精査することが重要です。
フィリピン:BPO事業における内装工事の遅延
- 問題:
- 見積が安いローカルの内装業者に発注した際、納期に関する確認が不十分だったため、4ヶ月と見積もられていた工事が6ヶ月経っても完了しなかった。
- 結果:
- 事業開始が大幅に遅延し、稼働できない期間の人件費が膨れ上がり、初年度の事業計画を大幅に修正せざるを得なくなった。
- 教訓:
- ローカル業者との契約時には、納期や品質に関する明確な合意形成と、進捗管理を徹底する必要があります。また、こちらは海外でのコストカットでの典型的な失敗例でもあります。
トラブル事例からの学び
これらの事例は、海外進出における事前調査の不足や、現地の実情を軽視したことによる失敗を示しています。 成功のためには、綿密な計画と、現地でのリアルな情報収集が不可欠です。
海外進出する際に、ビジネス事態が海外で成功するかは調査で全て分かるわけではありませんし、まずはチャレンジする事の大切さもありますが、本来避けられたはずのリスクを基本的な調査や現地事情を軽視する事で起きてしまうことは大きな機会損失に繋がります。
海外進出をする際には、成功ばかりに目を向けるのではなく、失敗の数を減らすリスクヘッジがより重要になります。
中期フェーズ
事業軌道に乗せるための戦略実行
初期フェーズで準備を整えた後は、いよいよ事業を本格的に開始する中期フェーズに入ります。このフェーズでは、計画通りに進捗しているか、修正が必要な点はないか、市場の反応はどうかなどを綿密にモニタリングし、必要に応じて戦略を修正していくことが重要になります。
基本的に初期の事業計画通りに全てが進捗する事はまず無いという前提で、修正しながらアップデートしていく必要があります。
事業計画の進捗管理と修正
初期フェーズで策定した事業計画に基づき、着実に事業を進めていきます。そもそも、当初から事業計画には必ず予算や人員計画、スケジュールにバッファを設けるべきですが、それ以外にも海外現地で予期せぬ事態が発生することもあります。例えば、競合の動き、市場トレンドの変化、法規制の変更、従業員の定着課題や採用面、育成などです。これらの変化を常に監視し、事業計画を適宜修正していく必要があります。
立ち上げ後の現地人材の定着が上手くいかずに影響が出るケース
- 問題:
- 想定していた離職率より初年度の離職率が高く、現地法人の人材が定着しない。
- 結果:
- 現地法人のプロジェクトに影響がでる上に従業員のノウハウが蓄積されず、人員計画の修正を実施。
- 教訓:
- 初年度の離職率は水準よりかなり高く見積もる事で、当初の事業計画の人員計画にバッファを多めに設ける事で無理なテコ入れによる様々な影響を緩和できます。離職を見越して、バッファの人材の確保や、現地パートナーに委託できる関係性を構築しておくことで一時的な対策ができます。その間に、離職原因を分析し働き方やマネジメント方針、コミュニケーション、福利厚生、人事・労務観点からも見直しを図ります。
ローカル人材育成とマネジメント体制の強化
初期フェーズで採用したローカル人材の育成を本格化させます。研修プログラムやOJTなどを活用し、スキルアップを支援します。同時に、マネジメント体制の強化にも取り組みます。ローカルマネージャーの育成や権限委譲を進め、現地組織の自立性を高めていきます。特にマネジメント人材の適切な専任と育成はその後の現地の組織運営に大きな影響を及ぼす為、時間をかけて関係性の構築をしながら丁寧に育てる必要があります。
ローカルのマネジメント人材に従業員マネジメント権限移譲し成功したケース
- 問題:
- 現地法人の駐在員がマネジメントを行っていたが、従業員が増え管理が追い付かず従業員の定着や管理にも課題が出ていた。
- 結果:
- 現地の従業員をマネージャーに抜擢し、育成しながら従業員のマネジメントを任せたら徐々に課題が解決され、従業員の定着率が上がり、モチベーションも向上し、結果的に生産性や品質も上がった。
- 教訓:
- 現地の従業員の管理は現地の人材が行う方が、コミュニケーション面や対応方法も効果的である事が多く、早期に良い人材のマネジメント抜擢と権限委譲をする事で育成しながらマネージャーへと育てていく事が現地法人運営管理上重要な意思決定となる。その際に、失敗を許容し、多くの経験を積ませて育成する事が重要な視点となります。
現地マネージャー人材の育成
海外進出後の現地の組織強化において、現地マネージャー人材の育成は最も重要な事項の一つとなります。マネジメント経験が無い人材でも素養があれば丁寧に育成をすることで、飛躍的な成長につながる事も多くあり、その際に失敗を許容し適切なアドバイスとトレーニングをしながら権限委譲を適切に進めていく事で、組織運営や組織拡大に大きなアドバンテージとなり得ます。
海外事業が上手くいっている企業の場合は、必ず現地に優秀なローカルのマネジメント人材がおり、その人材を中心に組織が回っているケースが大半となります。
逆に、現地法人運営が上手くいっていない企業の場合は、その多くが駐在員のみでマネジメントを行い、現地人材が育たずに組織強化が出来ていないケースが大半となります。
リスク管理の継続と強化
中期フェーズにおいても、海外事業のリスク管理は継続的に行う必要があります。市場環境の変化、法規制の変更、競合の動向、人事・労務トラブル、セキュリティ対策など、あらゆるリスクを常に監視し、適切な対策を講じる必要があります。
現地法人のセキュリティ対策が甘くインシデントに発展したケース
- 問題:
- ある現地法人の従業員が会社のパソコンを紛失し、クライアントのプロジェクトデータがローカル環境に保存されていた。
- 結果:
- 親会社からクライアントへ説明と保証を行う事態に発展し、セキュリティ対策の見直しとコストの増加を招き、現地従業員のモチベーションにも影響が及ぶ事となった。
- 教訓:
- 従業員規則のセキュリティ対策部分が細かく周知徹底されておらず、パソコン自体のセキュリティ対策も見落としていた為に起こったインシデント。特にオフショア開発企業等で情報商材を扱う場合は、大きな損害に発展するケースがある為、セキュリティ対策への必要は予算は事前に盛り込み、初期からの対策を講じる必要があり、また同時に細かな従業員規則等の策定と周知徹底をする必要があります。
問題のある従業員に対しての対応が甘く、他の従業員への影響や離職を招いたケース
- 問題:
- ある現地法人の従業員の素行に問題があり、他の従業員から相談が来ていたが、会社として細かく従業員規則を取り決めておらず、違反行動として認定できずに口頭注意のみで措置をした。
- 結果:
- 問題を起こした従業員の勤務態度に改善がなされず、結果的に他の従業員の退職を招いて、当事者はエビデンスや規則が緩く、解雇することが難しい状態となった。
- 教訓:
- 従業員に問題があった場合のペナルティ等を細かく従業員規則に盛り込んで、都度エビデンスを残していれば、現地の労働基準法にのっとり、弁護士アドバイスの基での適切な対策を講じる事ができます。海外進出をする企業の多くが人員拡大と共に何かしらの人事・労務関連のトラブルは経験しますが、多くは事前の対策で対処できることが多く、この明確なルール作りは海外拠点の組織拡大に向けて必須の対策となります。
後期フェーズ
事業拡大と持続可能な成長への体制構築
中期フェーズで事業が軌道に乗ってきたら、次のステップとして事業拡大と持続可能な成長を目指します。このフェーズでは、新たな市場開拓、新製品・サービスの開発、M&A、更なる現地組織強化など、積極的な戦略と投資を実行していく必要があります。
新たな市場開拓での拡大
既存の市場だけでなく、新たな市場への進出も検討します。市場調査を行い、新たなターゲット層を見極め、適切なマーケティング戦略を展開することで、事業の拡大を目指します。
この際に、すでに進出をしている国に別の拠点を構えるか、あるいは全く新しい国に進出していきゼロから拠点を立ち上げるか、M&A戦略で事業規模を拡大するのも選択肢の一つとなります。海外M&Aは国内のM&Aと比較してリスクが高い傾向にはありますが、対象企業の調査を徹底し、時間を要してでも見極めと両社の経営方針の認識が合うか、将来的な展望をともに描けるか、買収後のPMIを適切に実施する事が出来る人材はいるのか、多くの検討事項があります。
M&A戦略で海外拠点を拡大していった大手調査会社のケース
- 課題:
- 事業拡大をする上で海外に拠点を広げていく事は必須となるが、全てをゼロから立ち上げるのは時間がかかりすぎる為、現地のローカル企業のM&Aを行い事業拡大をする事にしたい。
- 結果:
- 東南アジア諸国でローカル調査会社を次々に買収し、事業拡大を実施。ゼロから全てを立ち上げるより大幅に時間を短縮できた一方で、その後のPMIフェーズやグループ企業間でのシナジーを生み出すにはより時間がかかっている。
- 教訓:
- M&Aでの迅速な事業拡大が達成された一方で、PMI(*Post Merger Integration/買収後の統合プロセス)フェーズはどこの企業も長い時間をかけて企業間同士のカルチャーマッチをしていく必要があります。M&Aで表面的に数字に表れにくいPMIはその後の現地法人の経営に影響を及ぼすため、事前にM&A後の計画も買収先企業と念入りにすり合わせる必要があります。
現地組織の自立化
中期フェーズで進めた現地組織の自立化や強化をさらに推進します。ローカルマネージャーへの更なる権限委譲を進め、意思決定のスピードと質を向上させます。また、人事評価制度や給与体系の見直しを行い、優秀な人材の定着を図ります。
このフェーズになると本社での意思決定の関与をより希薄化し、意思決定のスピードを上げる体制の構築が非常に重要となります。特に、意思決定が遅いといわれる日本企業特有の意思決定フローを海外拠点でも継続させると、優秀なグローバル人材の確保やマネジメントに影響を及ぼすため、現地法人で単独で事業推進の意思決定ができる体制の構築を急ぐ必要があります。
本社側と切り離した海外拠点の意思決定体制を構築した広告代理店のケース
- 課題:
- 海外拠点の事業が軌道に乗り、更なる事業拡大をする上で日本本社を挟んだ意思決定をする慣習が続いていたが、海外拠点の意思決定スピードに課題が多く、事業スピードやマネジメントに影響が出ていた。
- 対策:
- 日本本社と海外拠点の意思決定を完全に切り離す体制を構築し、更なる現地法人のマネジメント強化を行った。
- 結果:
- 意思決定の精度やスピードが大幅に向上し、現地法人のマネジメントメンバーのモチベーション向上にも寄与。同時にマネジメント人材の権限移譲が進み現地法人での単独経営及び組織強化につながった。
- 教訓:
- 現地法人の拡大と共に、マネジメント体制や現地のカルチャーが形成されより単独での意思決定がしやすくなる一方で、日本本社を挟むことでのコンフリクトやスピードに影響が出始める事は非常に多いケースです。事業拡大を踏まえて効率的な意思決定の現地体制を整える必要があります。
新製品・サービスの開発
顧客ニーズの変化や市場トレンドの変化に対応するため、新製品・サービスの開発にも積極的に取り組みます。R&D投資を増やし、イノベーションを起こすことで、競争優位性を維持し、成長を促進します。
これらの取り組みの中で新たな技術の習得やチャレンジをする組織の姿勢は、現地法人の従業員のモチベーションに大きく寄与します。また、これらのプロセスの中で従業員のスキルアップにも貢献し、新たな市場開拓の機会創出にも貢献することでしょう。
まとめ
海外進出は、初期、中期、後期とそれぞれのフェーズで異なる課題と対策が必要となります。各フェーズで適切な戦略を立て、実行していくことで、成功への可能性を高めることができます。 海外拠点の事業立ち上げから事業拡大フェーズまで一貫して意思決定のスピードと精度が事業成長に大きな影響を及ぼすため、日本企業特有の意思決定プロセスの早期の見直しと、現地マネジメント体制の構築、組織強化、また常に市場を監視し、柔軟な対応を心がけることが重要です。
当社では、これらの海外事業の立ち上げから事業拡大フェーズまで、ベストプラクティスを活かした各種海外進出支援サービスをご用意しておりますので、ぜひご検討ください。